BIOGRAPHY

▲結成時のメンバー。左から、PROS(b)、YAZZ(vo)、姫那(ds)、Shu(g)

2008

5月24日

CLOUDNINEのYAZZ(vo)とShu(g)によるアコースティック・ユニット“秀治と安彦”のリサイタルが横浜サンフォニックス・ホールで行なわれる。

二人をサポートするどころか、オレが私がと目立ったのがPROS(b)と姫那(ds)だった。

6月初頭

秀治と安彦の成功が、ふたりの故郷である平井ロック・シーンで話題となり、バンド待望論が勃発。

6月中旬

YAZZ&Shuの巨頭会談が、亀戸のマルヤス商店にて行なわれ、バンド結成を決意。

6月下旬

YAZZ、Shu、PROS、姫那という4人が、偶然、街で出会い、路上ライヴを展開(しよう)。

姫那をリーダーに、CRAZY QUARTER MILEというYAZZのメルアドがそのままバンド名に決定。

7月上旬

いよいよリハーサル開始。まずは、CLOUDNINEのナンバーを中心にプレイ。

最初のツアーは、活動停止に近い状態で寂しい思いをさせているクラナイのファンのため、さらには平井ロック・シーンを変えるために行なうことを決意。

7月中旬

Shuが、山秀会発足を決意。

入会する条件が厳しく、さらに入会しても、すぐにクビにされてしまうため、2008年現在、会員は4~100人程度(つねに募集中)。

 

山秀会入会の条件は以下の通り。

男性→ガチムチ系

女性→ツンデレ系

 

7月下旬

YAZZが献金問題により、山秀会の幹事長を辞任。ひなが幹事長となり、新しい内閣が発足される。

 

8月上旬

なんとライヴ販売用CDのレコーディングに突入。妥協を許さぬ4人が、3曲を3ヵ月かけて制作。

9月12日

高田馬場フェイズにて、ファースト・ライヴを敢行! 圧倒的なShuのギター・プレイに度肝を抜かれた観客が終演後もShuに殺到(せず)。

9月14日

大阪・西九条ブランニューにてライヴ。圧倒的なShuのギター・プレイに度肝を抜かれた観客が終演後もShuに殺到(せず)。

10月3日

北へ向けたツアーを敢行。圧倒的なShuのギター・プレイに度肝を抜かれた観客が終演後もShuに殺到(身内のみ)。

10月13日

ついに、四ッ谷アウトブレイクでツアーのファイナルを迎える。圧倒的なShuのギター・プレイに度肝を抜かれた観客がアンコール時にShuを胴上げ(せず)。

11月1日

四ッ谷アウトブレイクで行なわれたカヴァー・イヴェントで禁断の、あの曲を披露。圧倒的なShuのギター・プレイに度肝を抜かれた観客が開演前からShuに殺到(するといいな~)。

 

2009

10月12日

Shuの、ジャイアンツの勝敗結果で左右されるバンド活動に嫌気がさし、イヴェント“ヤマド・パーク”を最後にYAZZが脱退を決意(あとに、YAZZはヤクルト・ファンと判明)。

 

2010

10月8日

ゲスト・ヴォーカルに栄二郎(BULL ZEICHEN 88)を迎えて、吉祥寺CLUB SEATAに出演。共演は、TAIJI with HEAVEN'S、5X。

 

11月3日

ふたたびゲスト・ヴォーカルに栄二郎を迎えて、高田馬場PHASEにて“ヤマソニ”を開催。

 

2011

Shuと姫那がバンド側に報告せず、TAIJI&Shu Projectを始めたため自然消滅に近い形で活動が途絶える。なんの告知もなく活動停止状態になり、ファンが暴徒化する(こともない)

 

2021

11月

コロナ禍のため、なんとなく活動してみるのもいいかと動き出す。11月7日に恵比寿club aimで開催される“HINA祭り”に、YAZZ、姫那(ひめな)、Shu、さらにはサポート・ベーシストとしてTSPでのサポートでもおなじみの凄腕ベーシストSHUを迎えて復活。

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